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思い出のスーベニア、ガロ <1>

最終更新: 10月28日


イタリア旅の思い出はポルトガルのガロ


2020年はじめのイタリア旅の思い出はポルトガルの小さなガロ。

ポルトガルの?であるが

幸運を呼ぶという雄鶏、

そうこれなのである。


旅程は東京から直行でインもアウトもミラノ、

イタリアでは長靴の上の方を

一文字に移動するという

至ってシンプルなもの、

であるはずであった。


本当はローマの日帰りを強行したかったが

行ってみれば2月の初めの鉄道事故の影響により

イタリアを縦に結ぶ列車は

連日大幅に遅れており、

ローマ行きは泣く泣く諦めた。


またすぐ来ることだし、と当時。


日本で出始めたCovid-19の感染者


イタリアに飛んだ頃はイタリア人の感染者はゼロで

自分が感染の始まった日本を置いて去るような気がして

周囲には注意するよう言い残したりして

日本を後にした。


ミラノのマルペンサ空港に着くと

アジアからの便の搭乗者は

検温されての入国。

アジア方面はCovid-19で危ないから、

という感じである。


いつも寄るニューススタンドで

ミネラルウォーターと新聞を買い

イタリアの携帯電話をチャージ。

そして今回は、トラベルコーナーにいつもある

消毒ハンドジェルを購入。

日本ではもう購入できない状況だったので

「お土産」として買ってみた。


イタリアは連日ダイアモンドプリンセス号のニュースで、

Covid-19は遠い世界のもののように思えた。



ファッションウィークとカーニバル


今となっては飛行機雲が印象的


カーニバルの時期と重なった

ファッションウィークのミラノは

ファッショナブルな人びとで溢れていて

ドゥオモ広場ではエージェントとカメラマンと

スタイリストに囲まれたモデル達がポーズをとっていて

その一週間後にはこの広場から

人影がなくなることは

誰も想像していなかったと思う。


ミラノを離れてしばらくはミラノのある

ロンバルディア州の街に滞在していたが

ミラノでもその街でも、エレベーターの

同乗は露骨に避けらることがあった。

アジア人とわかると、

こちらに向かってコロナ、と言い放つ者もいた。

流すに限る。流す、流す、流す、聞き流す。


所用のない日があったのでカーニバルの期間ということもあり

数年ぶりのヴェネツィアに日帰りで行こうとしていた。


ただこの時すでに、イタリアで一人目のCovid-19の感染者がでたあと

日ごとに感染者の数が増え始めていた。


続く

レッドゾーンではない街は至って平和でこの日もレジのシニョーラがきれいな夕陽よと教えてくれた


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